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ガソリンタンク

このコロナ自粛の中モトグッチリパラーレも営業自粛したり時短勤務になったりとしたのでゴールデンウィーク+αの時間ができまして、かねてから考えていた自宅の災害対策を進めたりしておりました。たとえば昨年の令和元年台風のとき多くの方がやったのではと思いますが窓ガラスに段ボール等を貼って割れたガラスの飛散防止がそのひとつ。強風や台風の予報のたびに段ボール等をかき集めるのも手間なので(気候はますます荒れて強風の頻度もあがるかもしれませんし)、ホームセンターでプラスチック段ボールを買ってきて窓のサイズに合わせてカットしました。
 
その他いろいろやったのですが、少々出費を伴ってしまったのはポータブル発電機の購入です。停電時に地域でガソリンを持ち寄ってスマホ充電スポットを作れたり、真夏の停電時はせめて扇風機を回したら避暑寄り合い所を作れるのではと思いまして。
ということで届いた発電機の試運転も無事済ませて、しまい込む前にタンクのガソリンを抜いて、さらにガス欠ストップするまで発電機を回しました。一度カバーもあけて内部のガソリンも全部抜けるかどうかチェックしようと思っています。毎週使うものならともかく次にいつ使うかすらわからないので、やはりガソリンの入れっぱなしはよくありませんから。


 
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さて、ここ数年と言ってよいでしょうか、インジェクション車(もちろんモトグッチの)の燃料フィルターの詰まりや燃料ポンプの故障というトラブルが散見されるようになりました。それらフィルターの中には錆びのような粒子状物質が詰まっていたり、ポンプにはフィルターを通り抜けてしまった微細な粒子状物質が堆積して回らなくなっているものもありました。フィルターは定期交換部品ですからまだよいとして、ポンプの交換は痛い出費です。
この原因は・・・・・よく言われがちなのは?「タンクに水が入って錆びた」。そうですね、モトグッチもインジェクション車からでしたか、エアプレーンタイプのタンクキャップが使われ始めて、その初期のころのキャップは開閉時に水が入りやすく、入りやすいがゆえに設けられていた水抜き用のドレンパイプも詰まってしまっていてタンク内に水が入ったという事例もありました。その後改善されて水が入りにくい形状のキャップが使われるようになりました。
 
ただ、「粒子状物質」と変な書き方をしたのはわけがありまして、粒子状物質は錆びだけではなく、色からして錆びではないと見受けられるものもあるからなのです。そして実はそれは、ガソリンがイタズラしたことが原因である可能性があるのです。
「タンクの中が錆びないように常にガソリン満タンにしておく」という方はいらっしゃると思います。でもガソリンも長期放置しておくと劣化するのです。なにが起きるのかと言いますと、酸化して蟻酸や酢酸に変化して金属に対して攻撃性をもち、それによってガソリンタンク内部が腐食して粒子状物質(以下、腐食カスとしましょう笑)を生じさせていたのです。長期というのがいかほどのものか?またその他環境などの条件にも左右されるのかもしれませんが、まず、そういうことが起きるのだとご理解ください。トラブル防止のためのガソリン満タンも度が過ぎると結局錆びによるものと同様なトラブルを招くとは皮肉な話です。
また、タンクの錆び対策で水抜き剤を入れることがありますが、書きましたように錆びに思えても違うということがあります。水抜き剤とガソリン酸化防止剤(兼洗浄剤)を混同・誤用してはいけません。対策するにしてもご自分が向き合っているのが水による錆びなのか?腐食によるものなのか?見定めなくてはなりません。
 
実は中古車購入後に不調が起きてお見えになったお客様のインジェクション車でこのようなトラブルが起きていたことがあります。購入後すぐでもあり、もしかしたら前オーナーは不調に見舞われ、その原因が燃料系の詰まりと気づかずにあきらめて手放すに至ったのではと思ったものです。このような次第でモトグッチリパラーレでは近年、整備履歴がわからない(ネットで中古車購入後など)インジェクション車が整備入庫した際は燃料フィルターと燃料ポンプは転ばぬ先の杖で交換することをお勧めしています。
 
ちなみにキャブレター車の場合フロートチャンバー内に微細なカスが若干溜まっているのを見ることはありますが、それが堆積して詰まりを生じてトラブルに至ったということは稀ではないかと思います。
そのかわりフュエルコックが詰まった事例はありました。コックの上についているフィルターが詰まったのではありません。フィルターを通り抜けた微細カスがコック内部に沈殿してガソリン流路を塞いでいました。


 
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こういったトラブルを防ぐ狙いもあったのか、モトグッチの近年?のモデルのガソリンタンクは樹脂製になりましたが、金属製のタンクの場合は空にしておくのも錆びそうでなにか不安だし、かといってガソリン満タンにして長期放置してもいけないならどうすればっ?・・・・・大きなカスはフィルターが止めます。フィルターを通り抜けた微細カスはエンジンが動いている分には流れていって燃焼室に吸い込まれ、燃焼室内で燃えなくともエキパイを通って外に排出されるということが想像されます。しかし長くエンジンを動かさないとどこか溜まりやすいところに沈殿〜固着を繰り返し積み重ね、ガソリン流路や、それほど内部が狭いわけではない燃料ポンプすら詰まらせたのでしょう。つまり結局のところ適度な期間内に走ってガソリンを新しくするのがベストなのです。
そうは言っても、どうしてもご事情により長期保管しなければならないお客様はどうかご相談くださいませ。ちなみに最初に書いた私の発電機は、分解して極力内部のガソリンを抜いたあと、ガソリンタンクには乾燥剤でも入れておこうと思っています。
 
ところで 、
ガソリン満タンの話のついでに書きますが、整備でお預かりする車両がガソリンほぼ満タンであることがままあります。自動車整備業ですので仕方がないものの、工場内の総ガソリン量があまりに多いのも気味が悪いものです。ガソリンタンク満タンなのは恐らく最後に乗られたときに満タンにしてから帰宅して置いておかれたのだろうなあ?と推測しておりますが、たまにトリップメーターが2〜3kmということがあります。ああ、ご来店直前に入れたんだなあ〜(泣)と・・・・・。
整備の際はガソリンタンクをはずすことが多くあります。車検整備や12ヶ月整備のときは必ずはずします。その際満タンで重いタンクを落としてはいけないので、ガソリンを携行缶に移してから運搬しています。タンク落下、ガソリン劣化、こういったさまざまな要素から、不要不急のガソリン満タンは避けていただければ幸いです!
 
mas

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シールテープ

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以前からよく見かけていたのですが、フュエルコックの取り付けねじ部に巻かれたシールテープ。この部分からのガソリン漏れやにじみに対処したものでしょう。もしかしたらわりと一般化した手法なのかもしれませんが、はっきり言って間違っています。
 
画像の車体ではにじみが止まらなかったことがわかりやすくシールテープが変色しています。まあたまにこういった変色が無い、つまり結果的ににじみが止まっている車体もあることも事実です(ただしシールテープが効いたせいかどうかまではわかりません)。ただそれは幸運だっただけではないでしょうか。
ではなぜこのフュエルコック取り付けにシールテープを使ってはいけないのでしょうか。実はシールテープが有効かどうかはネジの形状によるのです。

 
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手描きで申し訳ありません、上の図をご覧ください。
シールテープによるシーリングが有効なのはテーパーねじのほうなのです。図では4山のめねじに4山のおねじを差し込んでいくイメージです。黒い矢印は締めこんで行く方向です。テーパーねじは締め付けの序盤ではゆるゆるで、終盤にめねじとおねじの面がピタッと合うように作られています。その接触面積が広いので耐密性が高いのです。ただ隙間がまったくゼロというわけにはゆかず、そこを補助するのがシールテープなのです。
 
一方平行ねじ(一般的なねじ)は、めねじよりおねじのほうが少し細く作られています。考えてみてください、もしきっちり同じ径(もしくは極めて近い径)で作られていたら摩擦が大きすぎて入っていくことも困難なのです。適当な隙間があるのでするすると入ってゆき、ボルトあたまが着座するとボルトあたまの方向(矢印A)に引っ張られるので、めねじとおねじの片面(図では右側)が密着するのです。ただし、この図ではわかりやすく大きめに描いていますが、密着した面の反対側の面には隙間ができます。これを立体化するとらせん状の隙間(つまりらせん状の通路)となるので耐密性は期待できません。

 
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ですので、平行ねじの場合はガスケットを使う必要があります。
上の画像はフュエルコックに使われているガスケットです。ナットの中で2つのパイプにはさまれています。燃料タンク側のパイプには正ねじが切られて、コック側のパイプには逆ねじが切られているのでナットを締めこんでゆくと2つのパイプがより密着してガスケットを強くはさむ構造になっています(この画像では上下ともフュエルコックのねじ部を撮っています)。この構造での漏れやにじみが出たときの正しい対処法は、「ガスケットを点検・新しくする」「ガスケットが接触するパイプ面に異常がないか点検・修正する」「ナットに割れがあったりねじが傷んでいないか点検・新しくする」となります。

 
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もし、ガスケット・パイプ・ナットに異常があったら、いくらシールテープを巻いても漏れ・にじみは止まりません。上の図で説明します。
ナットを締めこむと左右2つのパイプ(タンク側とフュエルコック側)は矢印Bの方向にはさんだガスケットを圧縮しようとします。それによって耐密性が高まるのですが一方、両パイプのねじはナットのねじに矢印Cの方向に押し付けられるのでねじ山の反対側(図では内側)に隙間ができます。この隙間はテーパーねじのものよりも大きいので、もしガスケットなどに異常があってガソリンをシールできていなかったら、構造上シールテープを巻いたくらいでは対処できないのです。「ガスケット面でシールする」という、構造に即した対処をしましょう。
 
ちなみになぜこのフュエルコックに耐密性の高いテーパーねじを使わなかったのかというと、テーパーねじがキュッと締めてゆくほど耐密性が高くなる反面、適当なフュエルコックの向き(角度)で止まらない可能性が高いためでしょう。平行ねじならナットのみを回して締めこめるので、フュエルコックを任意の角度で取り付けることができるのです。 
 
mas

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ゴクミ

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V11のファイナルケースです。クラッチ等の整備のためにエンジンを降ろすべく作業していましたら、ファイナルミッションのピニオンシャフトが振れてしまっているのを発見したのです。
 
画像は一度ケースや各パーツを分解・洗浄したのち、位置関係がわかりやすいように仮組みしたものです。ケース内にギアが見えていますが、これがピニオンシャフトです。


 
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さて・・・・・・・なんでこんなになっちゃったのだろう・・・・?と思いつつふと見ると、なんと答えは簡単なものでした。うっかりミスで生じたダメージは大きいものでしたが。
 
画像左端をご覧ください。ドライブシャフトの両端に設けられた2つのカルダンジョイント(ユニバーサルジョイント)の角度(位相)がずれて組みつけられていたのです。カルダンジョイントは十字の軸を4つのベアリングがホールドしていて2つの角度の異なる軸の回転力を伝えることが出来ます。
画像のドライブシャフトは奥がトランスミッション側で手前がファイナルミッション側です。本来は画像中央のように2つのカルダンジョイントの位相を揃えて組まなければならないのですが、画像左端のようにスプラインで接合しているので間違って組むこともできてしまうのです。
 
表題のゴクミはもちろん元アイドルの彼女のことなのではなくて「誤組み」という意味なのでした。


 
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後ろ側、ファイナルミッション側のカルダンジョイントと、手元にあった850ルマンのダブルジョイントを並べてみました。ダブルジョイントから2つのカルダンジョイントの位相が揃っているのがわかると思います。
 
ちなみにこの部品はユニバーサルジョイントとも呼ばれるのですが、モトグッチ社のパーツリストではGiunto Cardanico カルダンジョイントと書かれています。これは1500年代のイタリアの数学者Gerolamo Cardano ジェローラモ・カルダーノが2つの軸の角度が異なっても回転運動を伝えられる機構の原型を考案したことに由来しています。この発明が後年、シャシ上にエンジンやモーターがあって駆動輪はバネ下にある自動車や電車の発達に寄与するなんてカルダーノ氏も夢にも思わなかったでしょう。ちなみにユニバーサルジョイントという名称はアメリカで1884年に降りた特許で使われていたのだそうです。
 
さて、問題はカルダンジョイントは2つの軸、入力軸と出力軸の角度差がついても回転を伝達しますが、実は等速で回るのではなく360度回転するうちに増速と減速を2回づつ繰り返すという性質があります。そして2つの軸の角度差が大きくなると周速度の差も大きくなるのです。つまり不等速ジョイントなのです。身近なもので竹などでできたヘビのおもちゃみたいなものしか思いつかなかったのですがアレは十字構造になっていません。同じ構造のジョイントを回転させるとき、クリックリッと重い箇所があるのですがイメージできますか?(←ほかに実例探し中です。解りやすい例がありましたら教えてください!)


 
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不等速のカルダンジョイントを2つ使用し、生じる増速・減速を相殺して(片方のジョイントが増速するときにもうひとつのジョイントは減速すればよい)入力軸と出力軸の回転を等速にすることで、さまざまな用途に用いられることができます。まさにモトグッチのドライブシャフトでも、走行中にサスペンションが作動しスイングアームが動いてトランスミッションとファイナルミッションの位置関係が変化しても、しかも4輪のFR車などと比べて極端に近い為に、より以上角度がついても安心なのです。(スイングアームが動くと同時にトランスミッションとファイナルミッションの距離も変化していますが、分割式ドライブシャフトのスプラインが自由に長さを変えて対応します)
 
 
上の最後の画像は一番奥のニードルベアリングのインナーレースが磨耗してしまった様子です。ファイナルミッションのピニオンに、間違って組まれたダブルジョイントによって増速・減速の繰り返しつまり脈動が起こる。なぜ減速時があるかというとその回転位置で抵抗が生じているからであって、周速度が落ちるほどの抵抗があるなら出力軸に対して、抵抗が少ない角度差に戻そうとする(2つの軸がまっすぐになるように)力が働きます。そのせいでピニオンシャフトが振られてベアリングの破損にまで至りました。ベアリングは全て交換しましたが、小さくて一番弱い、また軸の先端にあるニードルベアリングがもっともわかりやすく磨耗・破壊に至ったのでした。
 
ついでにですが、V11までのファイナルケースのピニオンシャフトは相対する2つのテーパーローラーベアリングで保持されていましたが、V11ではボールベアリングとローラーベアリングの併用になりました。これは新作だった6速トランスミッションと同様にホイールベースを短くするための設計だと思われます。結果併用する2つのベアリングの距離が短く振れがおきやすいことを想定して奥にニードルベアリングを設置したのでしょう。さすがにゴクミは想定外だったと思いますが・・・・・。
 
 
mas


 
 

V65 再生記 <番外の3>マンデッロ周辺ツーリング

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これまでモトグッチ95周年のラドゥーノの様子をお伝えしましたが、その前後のV65スクランブラーでのツーリングのことも少し紹介させていただきます。ただし、今回はマンデッロ・デル・ラーリオの滞在を5日間と長くとったので、ツーリングもあまり大移動はせずにマンデッロ周辺をあちこち走ってみようと考えました。
 
まずはイタリア到着の翌日、金曜日の昼過ぎにマンデッロに到着し、V65を箱から出して準備整った午後3時ころ、レッコ湖をはさんだ対岸のギザッロ峠を目指しました。
前回15年前にカリフォルニアで走ったときは湖岸をトレースして行ったのですが、今回はマンデッロの少し北に位置するヴァレンナから出るフェリーに乗りました。
 
フェリーは15分ほどで対岸の高級リゾートであるベッラージオへ到着。ここは実はスターウォーズシリーズでロケ地に使われているのです。知ってました?探してみてください!
ベッラージオから南に峠道を登ってゆくと、やがてギザッロ峠にたどり着きます。かつてオートバイレース「ジロ・ディ・ラーリオ」の名所のひとつですが、自転車レース「ジロ・ディ・イタリア」の関わりの方が日本では有名かもしれません。この峠に建つ聖母礼拝堂は自転車乗りの聖地、堂内にはいにしえからの自転車のトップレーサー達のジャージが飾られていたりします。数年前建設途中だった自転車博物館も完成したようでしたが、すでに夕方で閉まっていたのは残念でした。
 
ギザッロ峠からの降りでは観光バスがヘアピンカーブに座礁していました(笑)
実は15年前にギザッロに来た時も狭い道でバスとトラックがすれ違えずに30分ほど停滞したのです。ここに来るといつもバスが座礁している・・・・・。でもおそらく今回この停滞のおかげで帰りのフェリーからは美しい夕焼けの風景も見ることができたのでした。


  
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ラドゥーノ本番の土日はイタリア中、いや世界中からグッチスティが到着するので主要道路は大混雑します。この2日間はマンデッロの外に出ないほうが無難なので、せめて昼ごはんに街の背後の山の中腹にあるリストランテに行くことにしました。
 
そこはだいぶ昔ですがモトグッチの重役の方にクルマで一度だけ連れて行ってもらった山荘をかねたリストランテ。日本である程度場所を調べて行ったのですが、案の定迷ってしまって・・・・・これぞ!と登っていった道は市の共同墓地を行き止まりに終わってしまいました。
これは諦めるしかないか、と降る途中に道を尋ねてみた相手がなんと休暇中のモトグッチ社の社員の方で、彼がスクーターでリストランテまで連れて行ってくれたのでした。店の入り口で谷をひとつ隔てた向こうの集落を指差して「ほら、あれが僕の家だよ」って。最初の道はまったく見当違いだったのに、いい方に出会いました。
 
リストランテの名は「アル・ヴェルデ」
モトグッチの背後にそびえるグリーニャ山を眺めることができる絶好のロケーションのうえ、モトグッチとの関わりも深く古い様々な写真も見ることができます。ほかにもたくさんのグッチスティがやって来ていました。
 
ここでのオーダーは地元ロンバルディアの生ハムブレサオーラにマンデッロの友人から教えられていた地元料理のクルミのソースのラビオッリ、やはりクルミソースの牛肉のソテーも頼みました。それと僕は飲めないのですが同行者のためにハウスワインの赤を一杯・・・・・
なのに、ほどなくワインボトルが運ばれてきたのです。カメリエーレに「グラスを注文したのだけど・・・」と質すと「グラスでもボトルでも値段は一緒ですからご自由に飲んでください」って!!!しかもそのワインは冷やされた微発泡の赤でとっても旨かったのです!すみません、一滴も飲まなかったとは言いません。ちょっぴり、ちょっぴりだけ味見しました。この旅で唯一残念なことはこのワインをたっぷり飲めなかったことです。
 
日本に帰ってから記憶を頼りに調べました(笑)。ボトルには店の名の「AL VERDE」というラベルが貼られていましたが、たしかロンバルディアのDOC(ワインの規格です。ボトルネックのシールでわかります)であって、さらにどこかにバルベーラ(種)と書かれていました。よって、たぶんオルトレポ・パヴェーゼ・バルベーラ・・・日本で探してみます!!!


 
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続いてラドゥーノが終わった月曜日、午前中は湖岸にて月曜日だけ開かれるメルカート(市場)をうろうろ散歩&夜のバーベキューの買い物などして(肉・生ハム・サラメ・チーズ、とんでもなく安いです)、11時ころ昼メシツーリングに出かけました。目指すはモトグッチ社の背後の山グリーニャの向こう側にあるバッラービオです。V11シリーズにもこのネーミングがありますね。
 
いったんレッコに南下して谷あいの道を北上します。このあたりの土地をヴァル・サッシーナ、サッシーナ谷と言えばいいのでしょうか? <動画>山々が美しい風景のなかをゆく谷あいのルートなのです。 ←10年以上前のボロいコンデジでなんとなく撮ったのであまりキレイではありませんが・・・。
 
やがて到着したのはアルヴァという・・・・・・なんと言ったらいいのでしょう?食肉加工品工場であって、かつ街道のドライブイン兼お土産屋さんみたいなとこ。と書くとずいぶん安っぽい感じですが、中は牛や鹿の剥製なんかが飾られた山荘風。ここのパニーニが絶品だと聞いてやってきたのです。
ここのパニーニ・ピウマ・インペラトーレ、皇帝も愛したイベリコ豚(しかも羽根のように柔らかい)のパニーニは、注文するとなにかタレに浸けてあったショーケースの生肉を薪がガンガン燃えるオーブンで焼いて、パンにはさんでくれます。友人がこの地を離れる前にわざわざ食べに来るというだけあってとても美味しく、パンからはみ出る巨大で分厚い肉に一瞬たじろぐのですが名前にある通り羽根のように軽く、あっさり食べれてしまうという絶品だったのでした。
 
あとで話したら実は日本好きだというここの若主人ラファエッロさんは謎の東洋人が入ってくるなり店の一番自慢のメニューを注文したのが嬉しかったのでしょうか「こっちへ来い来い」と店の奥へいざないます。地下へ降りてゆくとサラメやチーズの貯蔵庫に古いワイン蔵、いいものを見せてもらいました。
 
別れ際に行き先を聞かれ、マンデッロに帰ると伝えると「エジーノ・ラーリオを通って行くべきだ!」と力説する彼をあとにしてしばし・・・・・予定外だけど、よし!言に従って道を曲げてみたのでした。


 
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再び谷あいの道を北上することしばし、教えてもらったエジーノ・ラーリオを抜けてマンデッロに戻るルートへハンドルを左に切ったのでした。谷あいの道から離れて山道を少し走ったらもうさっきまでの道を見下ろす標高に達しています。小さな集落に小さくても美しい教会が静かに建っている。もうこれだけで「来てよかった〜」と思えるシチュエーション。
 
さらに標高をあげて稜線に出るとなかなか素敵な景色が待っていました。尾根の上、下界を見下ろす丘の下にヤマハ号が1台たたずみ、その丘の上の芝生にくつろぐカップルが見えました。女性のほうがこちらに手を振っています。こんな散歩ツーリングコース、ええなあ〜〜〜〜。ここにアップした画像はほんの一部です、本当にいいコースでした。いつの日か、日本のグッチスティの皆さんもぜひ走ってみてください。
ちなみにマンデッロに住むこの地の出身者にあとで聞いたところでは、エジーノ・ラーリオはモト・ジレラの発祥の地だそうです。元はスキーリフトのエンジンを造ったのがジレラの始まりだったそうです。
 
行き当たりばったりの望外の景色をたっぷり味わって、中腹の集落にみつけたバールでジェラートとカッフェの小休止。そしていよいよレッコ湖への降り道です。つづら折れをぐんぐん降りレッコ湖岸のヴァレンナの街が徐々に近づいてきました。<動画>西向きの斜面の家並みを縫ってひたすら降りてゆきます。そして南へ10km走ればマンデッロ。このせいぜい50kmのツーリングで今回の走り納めとなりました。
 
今回の旅では情報やら道案内やら地元の皆さんにいろいろ助けていただきました。しかも自分の足が無かったらとても行けないところばかり行って楽しんできました。あとなによりラッキーだったのは帰国前最終日のミラノまでずっと晴天だったことです。自分のモトをオーナー以上の経費をかけて送ってしまったのですから、これくらいの幸運に授かっても怒られないですよね?(笑)
 
もし、イタリアでのモトグッチツーリングを考えてらっしゃる方がいらしたらマンデッロ周辺のこんなルートも参考にしていただければと思います。V65 再生記の番外イタリア編、これで終わります。
 
 
 
mas

V65 再生記 <番外の2>モトグッチ95周年

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今回の工場見学は、入り口から奥をのぞきこむ程度で、以前のように工作機械や製造ラインのあいだを練り歩くようなことはできませんでした。なので画像がほとんどありません。
 
上の画像で空き地の光景は<番外の1>の4枚目の画像の黒いアーチをくぐった先のものです。なにかガランとしたちょっと寂しい光景です。かつてここには旋盤など金属加工機械が並んだ部品工場の建屋がありました。私が2度めにマンデッロを訪れた1996年のモトグッチ・デイで、ここに入ると旋盤の1台にやけに長いカムシャフトがセットされてるのをオーナーズクラブジャパンのメンバーが発見しました。「これはV6のカムじゃ?」と、みんなで覗き込んでいると工場のスタッフがやってきて「マセラーティのカムシャフトだよ・・・」と。「おお〜」マセラーティから委嘱されて造っていたのでしょうか?細かいところはわかりませんでしたが、モトグッチの工業力の幅かくあらん!と背景の想像が膨らむひと幕でした。ですがその建屋もいまはありません。
 
この建屋は2〜3年前でしたか、モトグッチがピアッジオ傘下に入ったあと(正確には当時親会社のアプリリアが破綻してともどもピアッジオ傘下に・・・)壊されました。モトグッチの古い資料には年代ごとに徐々に拡張してゆく本社と工場の平面図(や空撮写真)の比較が載せられています。が、恐らくは合理化の名のもとに、長い歴史の中で初めてなにかが削られたことになります。
それにしてもこの広大な面積の建屋にあった工作機械はピアッジオに移されたのでしょうか?この工程が無くなったことによって相当な人員削減も当然あったことでしょう。


 
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上の画像は空き地の写る画像の場所から180度振り返ったところです。小さなステージが作られて、音楽など流れていましたがこれといってプログラムの発表もありませんでしたので、その内容はわかりません。また、V7シリーズなど試乗車が並べられ軽食の出店などもありました。いままで工場敷地内にステージや飲食店が置かれたことはなく(いままで、と書きましたが私が最後に行ったのは10年前、2011年のイベントにはとても行く気になれませんでしたのでその年のイベントの様子は知りません)、一方湖岸の街の公園にはいままで同様大きなイベント会場が作られていて・・・・・このあたり、イタリアに来る前から感じていたいままでとは異なる空気を如実にあらわしていたのです。
 
このラドゥーノに参加するには春あたりから宿泊予約するなど準備を始めなくては間に合いません。ちょうどそのころモトグッチのホームページにも日程などアナウンスが載せられるのです。それが今年は特に記載が無く月日が過ぎていました。
V65輸送の手続きの途中で、イタリアの税関から「参加するイベントの資料提出」を要求された(イタリアに輸入したものをそのまま輸出することを証明して非課税にするため)6月も、マンデッロの複数のモトクラブが連名で主催する「インターナショナル・モト・ラドゥーノ チッタ・デッラ・モトグッチ(シティオブモトグッチ)」が発表したプログラムしか見つけられず、やむなくそれを資料として提出したのでした。
 
それが、もうラドゥーノ来月だよ!というタイミングになってようやくOPEN HOUSE(オペンホウセではありません、笑)の案内がモトグッチのホームページに載せられました。チッタデッラモトグッチとオープンハウス、ふ〜ん、なんだかなあ?と思っていたのが、現地に来てみてわかったのでした。
・・・・・いままではモトグッチ社が主催してモトグッチ・ディやGMGという名称で5年おきのアニバーサリーイベントを催してきました。が、今回はマンデッロにある全てのモトクラブが初めて合同で主催する、言うなれば市民が主催するモト・ラドゥーノだったのです。オープンハウスはそれにあわせて工場等を開放した、ということなのでした。
モトグッチ社はイベントに対して力が抜けちゃったのでしょうか?そのゆとりが無いのでしょうか?それとも元締めピアッジオ様が古いモトに乗ってる連中なんか相手にするなと指導してるんでしょうか?(まさか!)
 
今回私がわざわざモト・ラドゥーノ(訳してオートバイの集会・・・・・なんて言うと違う集会を連想しますが・・・)などと日本では聞きなれない言い方を繰り返しているのはこういう経緯があったのです。もっともイタリアのグッチスティはその昔GMGのころからラドゥーノと言ってましたけど。


 
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また少し、イベントの様子を書きましょう。土曜の夜は9時ころから湖に浮かべたボートから花火を打ち上げていました。日本の花火に慣れた目には小さく控えめな花火でしたがキレイでしたよ!たくさんの酔っぱライダーたちがゆるんだ目を空に向けて花火を楽しみました。
 
市庁舎の前はサーカスのような雰囲気。これはウォール・オブ・デス!あの中をバイクで走り回るのです。モルモットが遊ぶコロコロを横にしたみたいなアレです。常に行列なので見られませんでしたが、ミラノに帰る直前にウォール・オブ・デスのライダーと会いました。「で、モトはなにを使ったの?」「インディアンさ」「あ、そ・・・・・」(笑)
 
この時に機を合わせて発刊された本も売っていました。
GUZZI l'idea che ha cambiato Mandello
グッチ マンデッロに変化をもたらした着想
訳してみるとこういったところでしょうか。モトグッチとマンデッロの深く長いつながりを感じさせずにいられない本です。そしてこれを売ってた売店のおばちゃんが「あなた12月にまた来てね」というのです。「だってこれは1巻よ、第2巻が12月に出るんだから買いに来てね!」なんだそうです・・・・・。無理です。
 
この本にマンデッロの街の名所旧跡のガイドがセットされていました。画像にもあるように街のあちこちに看板もたてられています。靴にからみついた竜のようなのはなんなんだろう?と帰国後に調べてみました。そうしたらマンデッロにもパルチザンの歴史があったのです。登山靴に半ズボンの勇猛な山のパルチザンにからみつく化け物をあらわしていたのでした。
 
1943年9月、イタリア降伏と同盟脱退が露見するとともに侵攻してきたナチス軍への抵抗を宣言したバドーリョ将軍(当時首相、降伏に導いた)に従ったマンデッロの軍人70人、結果捕まってしまうも抵抗を重ね、正規の戦争捕虜として扱われずヨーロッパ各地の収容所で使役にこき使われ厳しい生活条件に耐え、米ソによる解放後もつらい転変の旅を果たして帰国したそうです。


 
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マンデッロ滞在の最終日には幸運にも市長とお話することができました。なんと28歳(以前は21歳の市長もいたそうです!)のリッカルド・ファソーリ市長、午前中からバールで友達とビール飲んでました(笑)
「実は市で運営するムゼオ(モトグッチ博物館)を作りたいんだ。工場は週末は閉まっちゃうからお客さんが入れないんだよ」と、ちょっとした展望も語ってくれました。言外に「モトグッチのほうの方針はコロコロ変わるからさ、自前で対処できるようにしとかないと」というようなものを感じたのは、私の見方がうがち過ぎましたか?
 
小さな街がモトグッチとともに、というのは初めてここを訪れたときから感じていたことです。街中のショーケースにモトグッチ、店の前にモトグッチ、これらの車輌はモトグッチ社から貸与されたんじゃないんですよ!!みんながモトグッチオーナー。ほんとうにモトグッチに対して誇りを持っています。先のパルチザンの歴史にも感じさせる山の民の気骨が「会社(モトグッチはたまたピアッジオ?)ができないなら俺達がやってやるぜ」と今回の街とクラブの協力によるイベント主催を成功させたのかもしれません。
 
あ、こんなふうに書いてるので、誤解が無いように付け加えておきますが、モトグッチVSマンデッロという構図があるかのように見えますが、心配無用です!!モトグッチの従業員はマンデレージ(マンデッロびと)や周辺の街街の方ですし、街のおじいちゃんもおばあちゃんもみんな昔働いていた・・・・・現在の社員に対して我が孫を見るように優しく、後輩に対するように厳しくも温かく接する方々なのです。
それに私が見てきてこうして書いていることも外見的なものにすぎず、たとえば各イベントの資金の出資元もどうなっているか知らないのですから。


 
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最後に今回出あった鷲の仲間たち。100周年にも来るんだろ?と皆に念を押されましたが、ハテ?それまでに今回のローンを完済してるものやら?
 
mas

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V65 再生記 <番外の1>モトグッチ95周年

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再生記12でモトグッチ95周年イベントに参加と書きましたが、そのレポートです。
 
9月9日金曜日、ラドゥーノ(Raduno=集会)の初日にモトグッチのふるさとマンデッロ・デル・ラーリオ入りして、友人宅で待っていたV65と数ヶ月ぶりの再会。箱から引きずり出して最初にやったのは点火系をチェック(15年前にカリフォルニアをイタリアに送ったときはポイントが錆びて火花が飛ばなかったので・・・)。いい火花が飛んで、安心してガソリンも入れてオールグリーン!
 
友人のご両親が隣のアパルトメントで始めたB&Bにはオランダからのグッチスタが泊まったが、アルプス越えでリアのパッドが擦り減ってしまったらしく交換作業をしていました。
うーむ、備えあれば憂い無しなのですが、ここは鷲の巣マンデッロだから、パーツは容易に手に入るので、まあいいか。
 
でもミンスクからマンデッロを目指してきた友人は(友人?といってもSNSのみで今回初めて会ったのですが・・・)、来る途中のアウトストラーダでオイルが抜けて(!)置いてきたネヴァダを引き上げに戻るため、出会って90秒の邂逅のみで行ってしまいました(笑)。しかも彼のネヴァダは帰り道のポーランドでミッションがぶっ壊れたらしく・・・・・・やはり事前整備は重要なのですな。
 
★動画:ヴァレンナから湖岸を南下、マンデッロデルラーリオに入り、モトグッチ前を通過 
 


 
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マンデッロ・デル・ラーリオ、街なかは常にモトグッチで溢れる。朝7時から夜10時までモトのサウンドに包まれていた。第二次大戦後から大量に生産され続けた500cc単気筒の荷台付き3輪、エルコーレもお客さんを乗せてそこかしこを走る!素晴らしきトルク!
 
僕はV65を持ち込んでのラドゥーノ参加を見そめられて、ACI(アーチーイー・アウトモービレクラブデイタリア、日本のJAFみたいなものか?)の職員に促されファッショナブル・モト・コンテストに参加させられた・もとい参加させてもらいました。
 
戦前モデルからファルコーネ、ガレット、ディンゴ50、1000SPらとともにピアッツァ・ローマに集合。1台づつ順番に呼ばれてゆく。合図に合わせて斬新なファッションに身を包んだモデルさんと歩調をあわせてレッドカーペットを進む。司会になにやら紹介されてもどうしたらいいのやら・・・・・ともかく日本式に4方に深々とおじぎをして、当惑しながらも、でもたくさんの市民の皆さんの暖かい拍手に包まれた幸せないっときだったのでした。


 
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上の写真はモトグッチの正面ゲート、ですが今は残念ながらヒストリカル・エントランスというふうに呼ばれています。以前はトレーラーがこの門をぎりぎりで通ってモトグッチを出荷していたものですが(この目で見ました)、現在は奥にある車体組み立て工場のそばに大きなゲートが新設されています。
 
記念写真はファクトリー入り口に設けられたモトグッチワールドクラブのブースに招かれたときのもの。赤いシャツは会長のマリオ・アロージオさん。ワールドクラブ発足当初から会長をつとめられていて、モトグッチの大きな変化の時代にグッチスティをまとめられています。


 
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モトグッチ工場内では有名なムゼオ(ミュージアム)や風洞実験室などを見学できますが、以前と変わりがなかったのであまりシャッターをきりませんでした。よろしかったらモトグッチオーナーズクラブの過去の記事をご覧いただけたらと思います。
 
工場のことについては次回書こうと思います。


 
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工場そばのロータリーでは一日中常にモトグッチが旋回していました。常に(笑) ここは地元のクルマも通るところですが、工場の方向へはモトグッチしか入れません。 
 
宿泊は、南はレッコ北はヴァレンナに至るまで湖岸の各街のホテルは満室。市が整備する湖岸の公園がテント村に開放されています。もっとも土曜の深夜になってもまだ到着し続けるグッチスティであふれ、結果あちこちの空き地にもチラホラとテントが立っていました。
 
番外の2へ続きます・・・・・
 
mas

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V65 再生記 <12>

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忘れた頃にやって来る「V65再生記」ですが、いよいよ最終回になります。
  
塗装ができあがったタンクにエンブレムを装着。んむむ、何度やっても緊張するところです。そして残った整備箇所や組みつけが終わり、いよいよ登録です。


 
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今回は「中古新規登録」に加えて、エンジンを載せ換えているので改造の申請「構造変更」も同時にやります。厄介なのはこの申請で、ハンドルバーやカウルを換えて幅や高さが変わるくらいならよいのですが、エンジン載せ換えとなると、申請書類に証明書類も添えて事前審査(書類審査)に出さねばなりません。
 
書類に問題が無ければ、つまり検査官が納得するに足る書類が揃っていれば晴れて実車を持ち込んでの検査と相成るわけです。何も悪いことはしていないのに、待っている間ドキドキするのはなぜでしょう?(笑)


 
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そして無事に登録できました。1986年製V65スクランブラー!(嘘)
 
いままで掲載の画像で気づいた方ももしかしたらいらっしゃるかもしれませんが、スクランブラーを作っていました。それも今風ではなくて昔風の。もし「1986年に出たV65のスクランブラーですよ〜」と言ったら知ったかぶりな方が「ああ、そういえばこんなんあったよな」と知ったかぶってしまうような仕上がりを目指しました(笑)
 
だからとっても普通です。ビジネスバイクのような実用性も欲しかったのでしっかりしたキャリアを作ってもらいましたが、キャリアの上にタンデムシートが装着できるようになってますので、一応2人乗りです。前に書いたスタンドの強化もオフロードや山中の野営を想定してのことです。リアホイールを17インチ化しましたが、オフロード向きで今後の供給継続も期待できるタイヤに合わせてのことです。そして塗装色は、そういえば昔あったような?そしてちょっとだけお洒落で、ちょっとは目立って、そして至って普通な・・・・・というところを狙ってみましたがいかがですか?
 
2011年に1400カリフォルニアとV7スクランブラーのプロトタイプが発表されたのがそもそものきっかけで、これ出たら欲しいな!と思ったものの待てど暮らせどスクランブラーが出てこないので自分で作る決心をしたのでしたが、のんびりゆったりな製作途中でまさかのセミアップサイレンサーKITの発売やV7競好肇襯優奪蹐糧売という「仕打ち」まで食らうとは思いませんでした(笑)でも結果的に、ますますブラックボックス化が進む現行車よりV65のほうが私には合っているかもしれません。
 
さて、自分でもビックリするような金額を費やして至って普通なモトを作ってしまったのですが、経費の多くは中身に使ったことなので良しとしましょう。完全に自分の趣味のためにネジ穴の隅々まで自ずから確認できたというのは楽しい経験でした。


 
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そしてそして、実を言いますとこのV65スクランブラーはイタリアに向けて旅立っています。モトグッチ95周年のイベントに参加するためです。だからこのブログは現実の3ヶ月あとを追いかけていたわけです。
 
15年前にカリフォルニアで80周年モトグッチデイに参加しましたが、それ以来のことになります。まず以前と異なるのは、イタリアに関してはカルネ作成が不要になったようで若干経費は減りましたが、それがためにもしかしたらカルネのころより手続きが増えたんじゃないかと思います。自動車カルネは日本ではJAFが作成します。なのでJAFがさまざまな信用を保証してくれていたのでしょう。今回は「イタリア共和国での身分識別番号を一時的に取得」などという「そんなややこしい手続き必要ですか?」と言いたくなるような申請やら宣誓書やらなんやらたくさん提出しました。とどめにイタリアの税関に5000ユーロ(!!!)の預託金まで収めるはめになりました。私が関税を払わないままイタリアでV65を売り飛ばさないようにです(預託金、返ってきますように・・・笑)
 
もうひとつ15年前と異なるのは、元々乗っていたカリフォルニアではなくて、発送直前ギリギリに車体完成と登録が終わったV65であることでした。箱詰め10日前くらいに外注の塗装・熔接が終了。モトグッチオーナーズクラブの1泊ツーリングをはさんで3晩くらいで残り整備と組み立てを終了。ナンバープレートをもらって店のまわりを10分くらい走っただけでガソリン抜いてバッテリ端子はずして箱詰め業者のもとへ搬送・・・・・・という慌しいものでした。本当の試運転はレッコ湖畔で、ということになってしまいました(笑)
 
ちなみに乗ってすぐわかったのは軽すぎるハンドリングでした。再生記10で書いたようにステアリングヘッド下端からアクスルシャフトセンターまでの長さを545mmと、V65の標準にしておいたのですが、切れ込むというほどではないものの旋回中にフロントだけフワフワとステアしてしまうような落ち着きの無さが気になりまして、15mm長くしたところ収まってくれました。タイヤサイズも変わりましたし、あの小さな車体に大柄な私がシート後ろのほうにドッカリ座るので、そんなところかな?と思います。ともあれすんなりまとまって良かったです。
 
というところで、V65再生記はひとまず終了とさせていただきます。続いてイタリアツーリング記が書ければと思いますが果たしてどうなりますか?
ありがとうございました!


 
mas
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V65 再生記 <11>

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前回、再生記10でフロリダとは別のタンクを載せた画像で終わりました。あのあと車輌をペイント屋さんに持ち込んで、デザインは?どんなカラーリングにするか?などなど楽しい打ち合わせをしておりました。車体の完成形のご披露はいましばらくお待ちいただければと思います。
 
ペイント屋さんに持ち込むためにオートバイのかたちにはなっていましたが、実は未整備の箇所が残されたおりました。V65を押せるようにするためにファイナルギアケースもリアホイールも装着していましたが、実はファイナルは空っぽだったのです。 
 
V65 再生記<3> に書きましたがファイナルギアに異常磨耗が発見されまして、これはいずれ音になって顕在化するだろうと思っていましたので、新品のギアセットをイタリアに発注しておりましたが完成予定日に間に合わず、塗装を先に、ファイナルは後回しにしたのでした。


 
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さて、V35〜V65の基本マニュアルにはストレートな形状のピニオンシャフトの写真が載っています・・・・・・が、じきにシャフトのピニオンギア側が太く強化されたものにかわりました。 
これはストレートなシャフトのままでは振れが起きるなどして、ベアリングのクリープを誘引するなどの不具合が確認された結果かと推測されます。ベアリング交換など部品調達の際は同じものを2個なのか?大小2個のベアリングが必要なのか注意が必要です。
 
ちなみにこの部分に関わるところでは、V35イモラ兇筍孱僑汽薀螢が発売され、それまでの18インチリアホイールの16インチ化と同時にリアショックが長くなった(1インチ分25.4mm)ことに起因すると思いますが、その分ファイナルケースに加工が施されてピニオンシャフト部にオイルがより届くようになりました。
これはスイングアームの垂れ角度が増えて(ファイナルケースが下がって)、従来モデルよりもピニオンシャフトのベアリングにファイナルオイルが届きにくくなったことに対応したものです。もしPS・PSJ・PT・IPSなどのモデルでファイナルのオーバーホールなどの作業をした際にこの加工「オイル穴増設」がまだ為されていなかったら、やることをお勧めします。
 
続いて、ファイナルケースを組む過程は書こうと思えばいろいろ書けるのですが、このモデルならではな部分、これはと思う部分を書いてみようと思います。
まずは奥のニードルベアリング(進行方向右側)のセット。インナーレースをドライブフランジに組むのですが、浮き上がり防止のCリングを溝にはめこむ際は、画像のようにまず切り欠きのほうをセットしてください。ついついまず弧のほうをはめ込んでからパチンパチンと切り欠き部をはめ込みたくなる場面ですが、そうすると鋭利な切り欠き部がドライブフランジの中空シャフト部(ここは奥のオイルシールのリップの当たり面になります)をこすって傷をつける危険があるからです。
 
また画像右側にありますが、Cリングをセットできたら奥のオイルシールを外す際の特殊工具でインナーレースを少し持ち上げてください。実は過去、このCリングが走行中にはずれてオイルシールを傷めてオイル漏れにつながった例があるからです。インナーレースをわずか持ち上げるだけでCリングを落ち着かせて脱落を防ぐことができます。この"わずか"の加減に注意してやってみてください。


 
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上の画像はいざ組み立てというところです。この手前の段階でケース(奥)に、ワッシャー(インナーパイプのための)、オイルシール(向きに注意)、薄いワッシャー、ニードルベアリングのアウターレースを順に組み込んでいきます。画像を押さえ忘れてしまいましたが、アウターレースを組み込むときはケースを加熱して慎重に入れなければなりません。すべてが収まったら最後にインナーパイプを組みますが、せっかく入れたオイルシールに不要に接触しないよう気を付けます。
さて画像に戻って、本組みをする前にシム調整があります。ピニオンギア面に光明丹(オレンジ色のもの)を塗って回転させ、ピニオンギアとリングギアのどの位置で接触しているか確認してシム調整するのですが、何度かケースの脱着をしなめればならないので、その際奥のオイルシールを傷めないように、シリコングリス等を塗るなどして、引き抜くときもまっすぐ引き抜くなどオイリシールに余計な負担を与えないよう丁寧に脱着します。
 
接触痕を見てシム調整をどう判断するか?はワークショップマニュアルにも書いてありますが、構造がわかっていればわかると思います。ケースの紙ガスケットは厚さ0.2mmありますが、締め付けると0.1mmになるのでご注意ください。
また、ピニオンシャフトのシムは増減させるのではなく、前後に移動させるだけで厚みの合計は変わりませんのでご注意ください。この部分の厚みは前後から向かい合っているテーパーローラーベアリングのインナーレースの位置決めをしていますので、ここが狂うとテーパーローラーベアリングにガタが出たりストレスが強すぎて異常磨耗が起きたりします。
 
これで完成〜。画像右側のスタッドボルトに引っ掛けてあるパーツはピニオンシャフトのカラーで、ファイナルケース前部のオイルシールが当たるところでもあります。線が見えますでしょうか?オイルシールのリップの跡が溝になっていました。まだ故障の段階ではありませんが、せっかくここまでバラしているので予防整備の意味もこめて交換しました。こんなのがX000円するんですよ〜!でも走り出してから「しまった!」となっては元も子もないので・・・・・。


 
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完成したファイナルケースをスイングアームに組み付けます。ドライブシャフト・カラーにグリスアップ、スプリングやプレートも忘れず正しく組んでください。書き忘れました。ピニオンギアの四角いフランジは90度ごとに4位置で組むことができますが、天地が決まっています。よく見ると上に線が入り、下に「B」と打刻されています。低い=bassoかなと思います。
 
4本のスタッドボルトがすんなりスイングアームにおさまったら、慌ててナットを締めずに仮止めにとどめて、アクスルシャフトを通してから本締めをしてください。なぜなら、例によってスイングアームの穴にも遊びがありますから、ファイナルケースがわずかにずれて組まれることもあります。ホイールを組むときになってこのずれのせいでアクスルシャフトが素直に入らなくなってしまいます。あらかじめアクスルシャフトを通してから本締めすれば、ストレス無く手ですいすい通るようになるはずです。のちの整備性をあげるためにもこういったところにも注意したいものです。
 
続いて、ファイナルオイルを入れます。オイル量はレベルホールで計ることができるわけですが、これはレベルホールからオイルが出てきたらOKというわけではありません。レベルホールからオイルが出きったことを確認しなければなりません。なぜならファイナルケース上部にある注入口から入ったオイルが全て落ちていくまでにはタイムラグがあるからです。そこを踏まえて一気に入れずにそろそろ?の一歩手前で加減するのもスマートな整備の一手なのかもしれません。
 
さあ、主要な構成部分がようやく組みあがったところで配線やケーブル類も装着します。簡単にパッパとやってるように見えて結構真剣に考えて取り組むところです。ワイヤーハーネスやガスケーブルなどをタイラップでガチガチに締め付けているのを見ますが、それによってカップラーが浮いて通電不良になったり、ガスコントロールケーブルが自然な動きができず(ステアリングを左右にきったときなどに)エンジンの左右シリンダーの動きにばらつきが出たりします。メーターケーブルはらせん状のケーブルなので曲がりに対応しつつ回転運動をメーターに伝えるようになっていますが、取り回しのうえで曲率がキツイ部分が折損の原因になるのでいかに余裕を持たせてやれるか考えます。
 
もうすぐ火が入ります。完成間近となりました。


 
mas
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V65 再生記 <10>

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今回は車体まわりに取りかかります。
まず上の画像の左上ですが、センタースタンド・サイドスタンドの接地部分を大きいプレートに変更し、アンダーフレームのサイドスタンドステーを強化したところです。
 
サイドスタンドステーを強化したのにはわけがありまして、元々モトグッチのサイドスタンドはあくまでもメインではなくサブスタンドとしての使用を前提としていたので、あまり強く作られていませんし、スタンドを出した状態で固定できず、荷重を抜けばパタンと戻ってしまいます。長く離れるときはセンタースタンドを使うこと!というメーカーの意思表示だったわけですが、今回は例えばキャンプ地など柔らかい土の地面でセンタースタンドが立てづらかったりするときにサイドスタンドが使えるようにしました。またセンターもサイドもスタンドが土にもぐらないように接地部分を広くしたのです。
 
ステップは、フロリダには大きなラバークッションのついたものが使われていましたが、振動軽減の効果もあったのでしょうけれどダイレクト感に乏しいラバーは外しました。そして裸になった丸パイプに、スペインのモンテッサのトライアルモデルに使われていた頑丈なステップがリパラーレにありましたので、それを熔接してみました。左下の画像はビフォー&アフターです。
 
それと、前回のステアリングヘッド等の組みつけに続いて、フロントフォークも取り付けました。V65の標準、ステアリングヘッド下端からアクスルシャフトセンターまで545mmで組みました。しかしアメリカン・モデルであるフロリダのフロントフォークはもっと長いので、ご覧の通り突き出しが多くなってしまいました。さてさて・・・・・


 
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続いてリアスイグアーム。この車体には画像のスペーサーが入っていませんでした。センター出しの"肝"になるのに・・・・・。
 
前にP系はV系と違ってスイングアームがトランスミッションケースに取り付けられると書きましたが、もう少し書くと、V系が「外側に位置するフレームにネジが切ってあってピボットボルトでスイングアームを締め付ける」のに対してP系は「外側に位置するスイングアームにネジが切ってあってピボットボルトでトランスミッションケースを締め付ける」という違いがあるのです。
 
さらに、V系はテーパーローラーベアリングが入っているのでピボットボルトによってベアリングを一定のトルクで左右同等に締めつつ、ピボットボルトの頭が左右同じ高さになるように調整することで、スイングアームのセンター出しをしています(メンテナンスブック194Pをご覧ください)が、P系ではボールベアリングが使われていてスラスト方向の仕事はしていません。スイングアームの右の内側のみに入れられたスペーサーをはさんでいるスイングアームとトランスミッションケース(正確にはケースに入れられているボールベアリングですが、以降省略)に密着させることによって位置決めをしています。つまりこの車体はスペーサー無しで「雰囲気」で組まれてたということになります。いろいろ残念ではありますが、どんどん治していきましょう!
 
で、位置決めの方法、少し長くなりますが・・・・・
まず左右のピボットボルトを仮組セット、もちろん右の内側にスペーサーを入れておきます。あまり右は締めこまずにおいて、左のピボットボルトを締めこんでいくと、スイングアーム全体が左へと寄せられていきます。そして締めこみが進んでピボットボルトの反力が強くなったら、右側のスイングアーム・スペーサー・トランスミッションケースがピタッと密着したと判断できます。ちなみにボルトが締めこまれたことを「反力が・・・」という書きかたをしたのは、スイングアームがアルミ製なのである程度開いていくため、締め込みの最後にカチっと締まるような感触は得られないからです。
 
位置が決まったところで、右側のピボットボルトをベアリングインナーレースに着座するまで締めこんでいきます。先に書いたように締め過ぎがあるので注意!締めすぎるとすき間が生じます。
右側がきちんとセットされたあと、あらためて左側のピボットボルトも一度ゆるめてから右と同じようにベアリングインナーレースに着座するまで締めこんでいきます。やり直すのは、最初の締め込みでは左にきっちり寄せるために若干余分に締めていると考えられるからです。スイングアームの変形に注意してください。
 
ちなみに、スイングアーム組み付け時、ドライブシャフト表面にグリスを塗っておきました。P系はこのエリアにオイルが回らない構造で、スイングアーム内でひそかに真っ赤に錆びてることが多いので・・・・・。
 
だいぶ長くなりましたが、次にタイヤの組み付け。
アクスルナットを締める際にはスイングアーム後端のクランプを締めてアクスルシャフトを固定しなければなりません。が、アクスルナット締め付け後に一度緩めてから締めなおさなければなりません。なぜならナットが緩んでる位置から締めこんだ位置まで・・・・・画像の場合アクスルシャフトが右側に引っ張られている可能性があるからです。
おわかりでしょうか?フロントフォークも同様です。アクスルナットの反対側のクランプを締めてからナットを締めると、当然左右のフロントフォークが内側に引っ張られた状態になる恐れがあります。是正して、アクスルナットと2本のクランプボルトを適正な順番で締めていかなければなりません。そうでないとディスクブレーキの場合、キャリパーとディスクのセンターがずれてしまいます。
 
そしてリアサスペンションは新調しましたが、新品であっても使用する前にダンパーシールにシリコングリスを塗っておくとシールを傷めません。


 
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さあもろもろセットして、久しぶりに屋外に出せる状態になりました。タンクは中古を取り寄せて交換しました。
 
実は以前、親しいお客様が「なんでカリフォルニアがあるのにもう一台アメリカンなんですか?」と怪訝そうにしていらっしゃいましたが、もちろん2台似たようなのは要りません。アメリカンタイプではないことはこの画像でおわかりいただけると思って載せました(笑) ご心配、申し訳ありませんでした。
 
 
mas

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V65 再生記 <9>

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ついに、ようやく、やっとフレームに載ったところです。
今回は完全にバラバラになっているのでなおさらですが、仮にフロントフォークやその他装備品がついていたとしても、このエンジン&ミッションとフレームをあわせるのはわりと容易です。ただし画像のようにエアクリーナーケースを先にセットしておくと作業時間節約になります。
 
V系同様にストレートパイプを中心に構成された美しいダブルクレードル・タイプです。ただ、後端部はトランスミッションを介して接続され、スイングアームもトランスミッションに取り付けられてるのがV系(いわゆるトンティフレーム)とは異なる特徴です。


 
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このベース車輌のフロリダにはエンジンが載っていなかったので、それに伴って失われた配線がありました。また点火系はフロリダはトランジスタイグニッションであったのをあえてポイント点火を選択。ハンドルスイッチを換えたり、イグニッションキーやヒューズ配列を自分好みにしたり(例えばパーキングポジションを廃しスモールランプやウィンカーは作動させずにアクセサリー電源のみが使えるように変更など)。このため、あらたに配線を作る必要がありました。
 
ただ例えばいつの日かこのV65が私の手を離れたのち誰かが見たときに、いかにも改造車みたいな切った貼ったのぐちゃぐちゃ汚い配線にしたくなかったのと、できればモトグッチに手馴れたメカニックが見ても改造に気づかないような自然な仕上がり(コードの使用色も含めて)にしたかったので手間はかかりました。恐らく自己満足の域を出ないことでしょうが。
 
ちなみに既存の配線を使う場合も含めて、全ての圧着端子を新しいものに打ち換えて、全てハンダ付けしました。このあたりは若干は変態の領域に踏み込んでいるかもしれません(笑)。
ただ、この一連の作業を通じて感じるのは熱や油や摩擦などの外的要因が無ければ配線の損傷が少ない(皮膜・芯線ともに)ことです。もちろん電気部品は経年変化とともに抵抗が増すなどして性能が落ちるのでしょうが、たまに電気系トラブルが重なったからワイヤーケーブルを全て新調したいとおっしゃる方がいらっしゃいますけど、そこまでする必要があるのか疑問に感じます。丹念な故障探求と接点のケアに勤めたほうが良いように思います。
 
付随して、ボンディング・アーシングすればさまざまな電気要因のトラブルが一気に解決すると考える方もいらっしゃるようですが、元の構造が悪くない限り、言われるほど効果があるように思えません。それどころかリパラーレに持ち込まれたモトグッチの中にはボンディングパーツをつけているわりには、バッテリー端子の締め付けが甘かったりする例もありました。
自分自身ボンディングの有無による違いを確かめて書いているわけではないので書くには弱いかもしれませんが、既存配線の接点を丁寧にチェックするなど基本を見直すほうがよほど近道のように思えてなりません。
 
V65の配線に話を戻しまして、配線の美しさという点で・・・・・近年はカーナビをつけるライダーも増えまして、その他多様なオプション機器のために電源が必要になりましたが、私はどうもバッテリー端子にぐちゃぐちゃたくさんのコードがきてる光景が容赦できないので(笑)、画像のごとくシンプルになるよう整備or整理しました。
 
画像の配線図2枚は改造前後のもの。改造後(下)のほうがすっきりしているのが自慢です!?これも自満かな?(自己満足)
 
この配線製作と整理、考える時間も含めて予想よりもかなり時間がかかりまして、残業6晩を費やしてしまいました(笑)


 
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上はステアリングステムの組みつけです。
P系フレームではステアリングベアリングは、V35・V50・V65から始まりV35イモラ・V50モンツァまではボールベアリングを、V35イモラ兇筍孱僑汽薀螢以降はテーパーローラーベアリングを使用しています。
 
画像はベアリングのアウターレースを専用工具で圧入し、グリスをたっぷり塗りこんだインナーをセットするところです。そしてここからはボールベアリングとテーパーローラーベアリングとで構成部品と組み付け方が変わります。
 
文章だけでは説明がかなり長くなってしまうので詳細を書きませんが、ボールベアリングの場合は最後に締めるのはアッパーブラケットの中央のクランプボルトであり、テーパーローラーベアリングの場合は最後に締めるのはステアリングステムのトップのナットになります。
位置決めの仕方、各部に余計な応力がかからないように固定させるには?を考えて組むとそうなるのです。・・・・・と、偉そうに書きましたが、私ははるか昔、自分で考える前に師匠である志賀に教わってしまいました(笑)
 
ちなみに以前「天然ステダン」で触れましたが、ステアリングベアリングの損傷・磨耗・弛みは自然なハンドリングを阻害します。定期的なチェックと適切な部品交換を意識してください。ボールベアリングの場合、玉だけの交換では不十分です。カップなどのメッキが傷んでいる場合が多いので、思い切って全て交換することをお勧めします。
 
 
mas

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