| ジェダイの逆襲-MOTO GUZZI 編 弟子 なぜここでジェダイの逆襲なのでしょうか?お師匠様。 マスター なぜそのようなことを聞く、愚問じゃぞ。 弟子 しかしなぜこのコラムで、ジェダイなのでしょうか。 マスター それはフォースの力じゃ、そこいらの雑誌やメディアには難しすぎて理解できずに文章にならないのじゃ、それと広告もとれんしな。だからわかるじゃろ、今のバイク雑誌が本質を見抜けないため部数が伸びず低迷しているのを。 弟子 はい、マスター、最近あまり見かけなくなった雑誌や、あってもえらく薄くなった雑誌があります。 マスター そうじゃ、改造や若者だけに偏った本づくりをしてきた報いじゃ。バイクの楽しさの本質を書いてないから読者から見放されるのじゃ。バイクの好きなやつにライディングを中心とした文化は必要がない物かのう?叶姉妹。 弟子 本質とは、叶姉妹とは、文化とは何でしょうか? マスター まだわからんのか。このうつけ者。コーナーを少し早く曲がろうと、タイヤのはじまで使い切っても、「操って楽しい」というバイクの本質にはほど遠いだろうが!ただ早いだけなら、単にバイクの重量、エンジンパワー、そしてタイヤのグリップ力で決まってしまうわい。 弟子 はい、私も自動2輪の免許を取得して20年近くなりますが、こう、胸の奥に訴えかける「コーナーを抜けたときのおもしろさ」の本質がわかるまで無駄な時間と、お金をかけた気がします。 マスター そうか、そこが入り口じゃ。その感覚を大切にせよ。では問う、おまえの「楽しい」とは何じゃ、よそのバイクと競って前にでるのが楽しいのか?そうならばもう何もいわん、ここを去れ。しかし、走った後、コーナーの一つ一つを反芻し、走り方の記憶を思い出してにやけてはおらぬか?そうゆうライディングの楽しさや乗り味は“もっと深いエンジニアリングやモーターサイクルの文化度”が求められるのじゃ。 たとえばじゃ、峠を走りに行ったこととしよう。リアタイアに加重の乗せられないライダーが曲がらなくて転倒したらどうじゃ、国産メーカーはそんなバイクづくりはN.Gじゃ、許してはくれん。経験の足りないおまえのような者が操ってもが曲がらなくてはコンセンサスは取れまい。しかし走りに慣れ、「バイクの乗り方はこうだ、その中に操る楽しさがある」という信念を持ったメーカーが創ったバイクはどうじゃ。田舎道のコーナーを楽しみ、峠を楽しみ、尚かつアウトストラーダでの走りを満足させるべく生まれたバイクとでは、自ずから差が出来てしまうのもいたしかたがないことだろう。 弟子 それでは初心者には難しいのでしょうか。 マスター 国産のバイクと比べたら難しいかもしれん。しかし人間は学習能力があり、猿やゴリラとは違うのじゃ。1年乗って飽きるバイクと10年間楽しく乗って“まだ10年しか乗っていない”と思わせる奥の深い懐。 これがMOTO GUZZIじゃ。しかも、あのエンジン音やコーナーをぬけていくときの一体感。低回転域でも十分なトルクがあるが、4000rpm以上をキープして走ったときのとてもOHVとは思えない高回転域でのピックアップの良さ。 同じ様なエンジンレイアウトを持つドイツ車を考えてみよう。地方の道路でも連続したコーナーの少なく、アウトバーンの発達した土地柄で培われたから文化から生まれたモーターサイクルと、ダイレクトな操縦性、とことん気持ちの良いエンジン。“ライダーの気分を高揚させる”という事に長けたイタリアのメーカが作るモーターサイクルとでは、おのずと目指す到達点が違うのが当たり前じゃ。 一つ一つのコーナーを抜け、休んだときに体中にその楽しさが残っているのが、MOTO GUZZIじゃ。 何、アクセルとクラッチが重くて、筋肉痛で体が覚えているんじゃないか?バッカもーん。まだおまえは、本質を理解しておらぬようだな、さらに修行を積んでまいれ。 text = sato hideo |
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