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 10/2、Autostrada=アウトストラーダを南下しています。A1という遥かNapoli まで続くこの路線はAutostrada del Sole=太陽の道と呼ばれるもの。しばらく走るうちにやっと流れをつかめてきました。5000rpmちょうどの150km/hで様子を見ていると、どうやらそのペースなら3車線の中央ラインを堂々と守っていて許されるようです。右端は安全を優先させてか大型車が90-100km/hできっちり走っています。そして左端は170km/h以上で流れているのですが、別にFerrari やPorsche が派手にカッ飛ばしているわけではありません。Fiat やCitroen などの中間排気量車が150km/hで走る私からスーーッと離れて行くのです。感心な事に誰もがバックミラーをしっかり見ていて自分より速い車には道を開けますから、彼らのペースを妨げる者はいません。中央車線でも同じで、ペースを無視して右から割り込んで来る車はいませんから無駄にブレーキを使う事も無く、当たり前のようでいて日本では難しいのですが150km/hで1時間走れば150kmちゃんと進んでいるのです。

 Bologna からそのまま行けばFirenze・Roma へ、A13 で北上するとVenezia へ、私はA14 アドリア海へ向かいます。A14 に入ってすぐのサービスエリアに休憩に入りました。
「おっあれが噂のAUTOGRILL=アウトグリルか、AGIP のスタンドもあるぞ。」
と、子供が遊園地に来たようなものです。AUTOGRILL はセルフサービス式レストランとBARとチップ式トイレと肉屋と酒屋とおもちゃ屋とコンビニエンスストアがずらっと揃ったようなもので、一方通行で入り口と出口が一つずつ。トイレにだけ用事がある人でもグルッと全てを見て、レジの前を通らなければ出てこられません。それにしてもワインやグラッパまで売っているなんて!。
 私はBAR で遅い昼食を摂る事にしました。並べてあるパニーノを選ぶとオーブンで温めて出してくれるのです。これがたいした事無いようでおいしい!。大満足でAUTOGRILL を後にしました。AGIP スタンドで給油を終え、領収書をしまって出発です。ところが加速しながら本線に合流する途中、胸のあたりから何か白いものがスクリーンの乱流に揉まれたあげくに後方に飛び去って行きました。
「あ、さっきの領収書を飛ばしちゃった。まあ、いいか。」
だいぶ時間をロスしているので先を急ぎます。A14 に入ってからさらに交通量が減って、淡々と150-170km/hで距離を重ねていきます。土が掘り起こされて白く見えるどこまでも続く丘、全てが赤い屋根の海沿いの町、それらを眺めながら退屈もしないまま200kmほど走って再びサービスエリアに入りました。
 そして香り高いエスプレッソとご対面。砂糖を全部入れて飲み干します。それで落ち着いてポケットを確認すると・・・・・さっき失くしたのは領収書ではなくMilano からの通行券だったのです。
「しまった! やれやれ、困ったもんだ。」

 ITALIA 中部のMarche=マルケ州を目指す今日の旅もこれなら余裕で・・・・と、思われたのでしたが、Parma=パルマの先で突然車の流れが止まってしまいました。ノロノロと進む渋滞などではなくて完全に停止した車からドライバーが降りてウロウロしています。すり抜けも危なっかしいので、路肩に出てCalifornia を停め地図など出していると、そばにいた男性が例によって
「どこから来たんだ?」
などと聞いたあと
「・・アチド・・・・」
と何かを教えてくれている様子。アクチデンテ=事故かと聞くと、どうも違う事らしいのです。私がポケット辞典を出すと彼も一緒になって探してくれました。
 acido = <化> 酸 / 酸っぱい、手ごわい
とありました。どうやら路上に酸がこぼれているようです。確かに手ごわい。車が全て止まっているという事は通行止めになっているのでしょうか!?
「Moto なんだからvai vai 行け行け」
と、彼が言っています。その通り、進めるだけ行ってみた方がよさそうです。

 夕方やっと目的地に着いてインターチェンジを降りる時がやって来ました。料金所の200mほど手前にCalifornia を停めてポケット辞典を取り出しました。失う、という意味のITALIA 語を私は知らないからです。California を筋斗雲に例えるならポケット辞典はいざという時頼りになる如意棒というところでしょうか。そして調べがついて料金所へ。すぐさまエンジンを切って大きな声で用意したセリフを叫びました。
「私は・キップを・失くし・ました!」
料金所のオヤジさんはナヌーッという顔をしています。
「どこから来た?」
「Milano・・・・」
うんざりした顔付きで何やらタイプを叩いています。そして箱から出てきてナンバープレートをメモした上で名前を聞いてきましたので、私は蚊の鳴くような声で
「マスモト・・・」
と答えたのでした。その後料金を支払い、出された書類にサインしてその写しを渡されました。さらに何事か長々と説明していますがサッパリわからないままウンウンうなずいて、料金所をあとにしたのでした。妙な所で赤キップ?を切られるハメになったもんです。

 路肩を走って行くと、もはや諦めの境地に達してしまった人々があふれ始めました。自由時間になって校庭にあふれ出た小学生を見るようです。元々知り合いなのか、ここで初めて出合った仲なのか、そこここで輪になって井戸端会議を開いているのでこちらは30km/hも出せません。それでも全ての車がエンジンを止めているらしくあたりは静かなようで、私が近づいて行くと音で気が付いてスッと道を開けてくれます。ホテルのボーイのようにさあどーぞとばかりに両手を使って大げさな仕草をする人もいます。
 そうしてしばらく進んで行くと、遂にPolizia=警官の巨大な手のひらが行く手を遮りました。因みにもう一つの手には軽機関銃を持っています。
「路肩を走ったらまずかったか?」
と思い、大いにビビリつつ本線に戻ったのですが、実はその50m程先が事故現場だったのです。防護服の作業員が作業をしているかなり手前にロープが張られ、あきらかに通行止めです。反対車線も止めているらしく車は走ってきませんから、皆中央分離帯のしきりとなっているコンクリートブロックにも腰掛けています。私も早速真似して跨ってみました。右足はこちらの車線、左足は反対車線、日本じゃできない事です。振り向けばはるかかなたまで続く車の列と退屈そうな人々の顔。周りはブドウ棚と畑の中に民家がポツリポツリとあるだけで、いくら睨んでいても風景に変化は起こりません。
「まだ先も長いのに、こんな所でのどかに過ごしちゃってていいのかな?」
と思いながらもポカポカ陽気のせいで時折りウツラウツラ・・・・。
 着いてから1時間も経ったでしょうか、やっと変化が起こりました。反対車線を後ろから走ってくる車がいるのです。それを見て1台2台とUターンして行く車が出てきました。いよいよ辺りが騒然となってきて私もネズミの集団の一匹として逆走を開始します。2-3km戻った所で中央分離のブロックがずらされて、Poliziaの誘導により反対車線へと車が流されていました。ITALIA の大動脈A1 に再び血液が流れ始めたのですから、皆勢い余って1-2割余計に飛ばしています。朝は平和だった中央車線もいまや170km/hで流れているので、コレステロールになりたくない私も速度を合わせました。

 後に現地ITALIA人にその書類を見て貰ったところ、A14 の終着Bari までの料金の請求書だったのです。つまり、東京から大阪まで走って大阪までの料金を支払ったのに、券を失くした罰?として大阪から下関までの料金を後日郵便局で支払いなさいというような不思議な内容だったのです。相談したITALIA人も走っても無い区間の料金を払うのは納得がいかないという意見です。そして
「MOTO GUZZI paga!paga!」
MOTO GUZZI社が払う!払う!と連呼しました。日本人がわざわざMOTO GUZZI でITALIAを走っているのだから、MOTO GUZZI社がフォローすべきだと言うのです。嬉しい表現をしてくれますがそうもいかないでしょう。
 ところが、書類を良く見るとタイプされた私の名前は何故か
「MASSI=MOTO」
名がマッシ、姓がモト、となっているではないですか!。皆で覗き込んで大笑いです。名前を聞かれた時に私がマスモトと言ったのを、料金所のオヤジさんはフルネームと勘違いしてITALIA人的に解釈したのでしょう。だけどキレイにアレンジしますねーー。こうして謎のCalifornia ライダー、マッシ=モトが誕生しました。ただし残念ながらマッシ=モトはただのメカニックですから、悪と戦ったりはしません。
 件の赤キップ(請求書)は書類不備だから支払う必要は無いという結論に達し、記念品として日本へ持ち帰って来てしまいました。

Takahiro Masumoto

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